夜更けの寝言

掛け持ちおたくによる自分用備忘録。感想やレポ未満。

一生届かないと思っていた言葉が届いてしまった話

私はいわゆる掛け持ちおたくというやつである。いつもは舞台俳優のおたくと化しているけれど、他にも趣味というか追いかけている人やグループがいる。今回はそのうちの1番長い界隈、とある男性フィギュアスケーターとの話。
これだけは残さなければいけないように感じたので、ここに上げさせて欲しい。まあ自分のための備忘録なので、何を書いたって自由だと言い訳しておく。

「ずっと応援してます」「大好きです」ファンの中でよく使われる言葉なのではないかと思う。私も時々推しに伝えるし、手紙にはよく書いてしまう。ずっと伝えたい人がいた。その反面ここ数年は、私が言ったところで、私も言ったら迷惑なのでは、というネガティブな気持ちさえあった。気付けば応援し始めて16、7年。手紙を含め、1度も伝えられたことなんてなかった。

初めて彼を見たのは16、7年前の夕方のニュース。「県内ですごい子がいます」というなんてことはない、地元の子どもの特集だった。「同い年でこんなにすごい子がいるんだ」「これからたくさん応援する」そう誓った11歳頃の私。それからニュースや雑誌、新聞などで彼の活躍を知る度嬉しかった。初めて試合が中継された時には何度も録画を見直した。気付けば、演技が好きになってただ純粋にファンになっていた。
今も忘れない、2011年3月12日。本来であれば彼と会う機会があった。とあるイベントに彼も私たちも呼ばれており、友人を介して会えるはずだった。でもその日は来なかった。前の日に世界は変わってしまったから。生きることに必死で、心を取り戻すことに必死で、その日があったことすらしばらく忘れていた。
このシーズンを境に本当に世界のトップへと彼は駆け上っていった。本当に手の届かない人になってしまった。今や日本で名前を知らない人はいないのではないかと思うようなスケーターだ。もうきっとあの日伝えるはずだった想いは一生届かないのだと諦めた。諦める前に手紙でも出せばよかったのに。そのうちファンだと名乗ることも怖くなるような状況下に置かれた。
小学生からフィギュアスケートを観てたらおかしいの?
かっこいいって必ず言わなくちゃいけないの?
神格化しなくちゃだめ?
他の選手も応援していたら睨まれるってどういうこと?
毎シーズン来る度に苦しかった。怖かった。
母数が増えれば想像もつかないような人も増える。分かっていたはずだったが、分かっていなかった。アイスショーにも試合にも足を運んではいた。ファンだと名乗らなくなってからもずっと大好きだった。

状況が変わったのは今年のオリンピック。彼の演技、思い、涙、貫いた姿勢につられて新たな層が入ってきた。今まで入ってきたソチ落ちとも平昌落ちとも違う、その層にどれだけ助けられたことか。今年のアイスショーで久し振りにファンだと名乗った。まだ少し不安だった。

今年7月にプロへと転向することを発表した。

それから2ヶ月。
9月頭の話である。その日は雨が降りそうな曇天で家から出る気はなかった。ただ書類仕事に行き詰まり、仕方なく気分転換も兼ねてアーケードを歩いていた。地元のアーケードでは時々取材のカメラがうろうろしている。その日もそうだった。1つ目はいつも通り遠くまで離れて歩いた。何故か2つ目のカメラを見つけた時フリップを見てしまった。いつもならカメラや取材の人が見えた時点で逃げるのに、この時だけは何故かそこそこ近くを歩いていた。「羽生結弦さんに聞きたいこと」と書かれたそのフリップに驚き二度見した。そこで捕まった。ファンの方ならぜひ、と声を掛けられ聞かれるがまま答えた。インタビューしてくれた方が何度も「今週末見て下さい」「伝えるので」と念押しして下さったのは覚えている。
夢かな、と思いながら帰宅した。カフェでやっつけるはずだった書類はトートの奥底に沈められたまま。買い物で使うはずだったエコバッグもしまわれたまま。次の日、休みの日に片付けたかったものが何一つ終わっておらず頭を抱えたのは言うまでもない。

放送日当日、私は仕事だったのでリアタイ視聴は諦めた。番組が終わった頃、母から「質問取り上げられてたよ。答えてくれてたよ」とだけ連絡が来た。当日放送中に突然本人の生出演が発表されたという情報もあり、若干パニックになりながら帰宅した。
何人もの質問が映像で流れ、本人と時々旧知の仲の男性が答えていく。様々な方が話していたがみんな質問だけ取り上げられていた。「グルメ??」と考え込んでいたり、後輩スケーターの姿を柔らかい目で見つめていたり、ほぼ素の状態だった。本当に質問だけたくさん流れたんだなあ、なんて呑気に構えていた。
なぜか、なぜか私のだけ質問以外の部分も流れてしまった。小学生からのファンであることがなぜか本人に伝わってしまった。11年越しに彼の耳へと届いたのである。信じられなかった。もう一生届くことはないと思っていた言葉が、映像を通して、番組を通して伝わってしまった。1度発した言葉は戻ってこないという。口から零れ落ちてしまった言葉は傍にいる人へ突き刺さることもあれば、見ず知らずの人へ届くこともある。誰にも拾われずどこかへ飛んでいくことだってある。あの日発した言葉はどこにも消えず本人へと飛んで行った。「ありがとうございます」と彼は呟いていた。正直信じられず、一時停止のボタンを押していた。気付けば涙で前が見えなくなっていた。

その後、私が彼のファンであることを知っていて、この番組を見た人から連絡が来た。
「伝わって良かったね」
「演技が好きって話した時、嬉しそうだったね」
「最後の言葉はきっとあなたへのメッセージだね」
彼の本当の気持ちは分からない。それでもこの日伝わったこと、私の拙い言葉にありがとういう言葉が返ってきたことは奇跡のようなことだった。

今まで出会えた人のほとんどに応援歴を信じてもらえなかった。あの日取材でカメラを構えていたあの方が久し振りに信じてくれて、嬉しそうにしてくれた。あの方も小学生の彼を知っている方だったので、きっと同志のような不思議な感覚があったのだと思う。信じてくれて、伝えてくれたのだと思うと感謝の想いが止まらない。そして、伝わってしまった言葉に言葉を返してくれた彼にも頭が上がらない。あの日発したファンという言葉は不思議とすとんと心の中に落ちた。多分またファンと名乗れる気がする。

ありがとう。こんな私にも言葉を返してくれて。
ありがとう。ずっと第一線にいてくれて。
ありがとう。姿を見せてくれて。

あなたのようにがんばります、とはとうの昔に言えなくなってしまったけれど、あなたの新たな道を見守れるようにがんばります。
そしてあの日声を掛けてくれた方へ、いつかまた出会えたらお礼を伝えさせて下さい。